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大阪税関富島出張所にある「大阪電信発祥の地・川口電信局跡」の碑は、昭和33年10月7日、大阪電信発祥88年を祝して建てられたものである。日本に電信線が架せられたのは、明治2年の東京−横浜間が最初であるが、翌3年、大阪の川口と神戸の大手町間40キロメートルに電信が開通した。当初は「伝信」と書き、川口運上所に川口伝信局が置かれた。明治初年の本には電信を「天連関理府」と書き、「テレグラフ」(telegraph)と読ませている。初めて電信線が架けられたとき、群集した人々は一日中空を仰いで見上げたが、やがてこの電信線を維持するためには、娘の生血を塗らねばならず、そこでお役所が候補者を探しはじめたというデマが飛び、娘をもつ親は大慌てで、俄かづくりの人妻に変装させたとか、公害のもとだと竹槍で電信線を切断する人が出たという話が伝えられている。
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