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川口居留地とは別に、雑居地というものが認められ、旧番町、梅本町を中心に日本人とともに外人が居住した。聖マリヤ幼稚園の前身は、長崎天主堂にも匹敵したというレンガ造りの建築であった天主堂で、明治14年に現在地(川口3−4)に創建された。太平洋戦争の戦災後現在に至っているが、ここには明治2年4月発行の「居留地外 雑居地地券書」が残されている。雑居地の外国人はほとんど中国人で、昭和20年の戦災にあうまでは多数の中国人が住んでいた。はじめ日本人の口にあわなかった中華料理の発祥地であることはいうまでもない。中国人経営の理髪店も多く、とくに耳掃除が器用で、回転椅子を利用して、耳医者なみに7つ道具を揃えて掃除したので、わざわざ遠方から来る客もあった。この地域一帯は、川口居留地の外人の影響よりも、長く居住した中国人の文化の影響を多大に受けたところである。
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