頼山陽生誕地
 『日本外史』の著者として知られる頼山陽は、江戸時代の儒者・詩人である。名を壤、字を子成といい、山陽は号である。父の頼春水は藩儒として広島藩に仕え、大坂に来て江戸堀に家塾「青山社」を開き、子弟を教育したが、やがて安永8年(1779)、大坂の儒者飯岡義斎の次女静子と結婚した。山陽はこの春水と静子を両親として、安永9月12月27日、青山社で生まれた。翌天明元年(1781)春水が広島へ帰ったため、山陽の江戸堀在住期間は短かったが、その生誕の地を記念して、大阪府は古文化記念等保有顕彰規則により史跡に指定し、昭和10年12月、「此付近頼山陽生誕地」の碑を建てた。

Presented by 大阪中部ライオンズクラブ