京町堀川跡
 京町堀川は、元和3年(1617)伏見京町から移住してきた町人らによって開削されたもので、伏見堀川とも呼ばれ、西横堀川から分流し、西南に流されて百間堀川に流入していた。開削当時は長さ9町59間1尺(約1080メートル)、幅は上流で14間(約25.4メートル)、下流で19間(約34.4メートル)もあったが、のち川幅はせばめられた。昭和30年6月、大阪府の防潮提工事などのため埋め立てられたが、その直前には東上橋・伏見橋・羽子板橋・紀伊国橋・新難波橋・千秋橋・千両橋・両国橋・茂左衛門橋の九橋が架かっていた。「京町堀川跡」の碑は、昭和34年1月大阪府が建立したものである。

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