![]() |
|
|
|||
![]() |
靱公園の一帯は、江戸時代以来海産物を取扱う問屋・仲買が集中していたところであるが、昭和6年11月、これら問屋、仲買が大阪市中央卸売市場に吸収統合されたあと、第二次世界大戦中のアメリカ空軍の空襲により荒地となった。戦後、この場所に目をつけた在日アメリカ軍が整地して、小型機発着となり、靱飛行場と通称されたが、昭和27年6月、飛行場が連合国軍から返還されたとき、大阪市は跡地を戦災復興区画整理事業の公園として着工し、約92000平方メートルの大公園を、昭和30年10月21日完成した。公園内には「靱公園の由来」を示した石碑のほか、昭和40年4月に「緑化第二年植樹」、昭和43年4月に彫像「勇者に栄えあれ」およびその解説の石碑が、大阪市によって建立された。
|
||
|
|