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江戸堀川は、大坂夏の陣後大坂城主となった松平忠明が、市街地改造計画の一環として開削させたもので、元和3年(1617)完成した。西横堀川から分かれ、土佐堀川に平行して西流し、土佐堀川と百間堀川の合流点に流入していた。この開削の費用をまかなうため発行された銀礼は、現在までに発見された最古の銀札といわれている。長さ11町41間(約1270メートル)、幅は上流で13間(約23.5メートル)、下流で18間(約32.6メートル)の運河で、東から西へ撞木橋・江戸橋・犬斎橋・阿波殿橋・大目橋・花乃井橋・江戸堀橋・西北橋・崎吉橋の九橋が架かっていたが、昭和30年9月に埋め立てられた。日立造船ビル正面南壁に、「江戸堀川跡 元和3年開鑿 昭和30年埋立、日立造船株式会社設之」と刻まれている。
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